制度を変えても、「言えない風土」が残るのはなぜか——三菱電機の5年に学ぶ、もう一つの土台


※この記事は、組織風土の改革や心理的安全性の向上に取り組む経営者・人事担当者の方に向けた記事です。

三菱電機の5年——「サイロ」を崩す、地道な積み重ね

2026年8月7日付の日本経済新聞は、品質不正問題の発覚から5年を迎えた三菱電機が、長年染みついた縦割り組織(記事の言葉で言う「100年のサイロ」)をどう崩してきたかを取材しています※1。

記事で紹介されているのは、たとえば名古屋製作所で山本氏(グループマネージャー)が主導した「助け合いロード」という取り組みです。部署を超えて仕事量を平準化する仕組みをつくり、「他部門の仕事には手を出さない」という従来の意識を変えようとしてきたといいます。全社的には、社内公募で集まった有志による改革プロジェクト「チーム創生」が発足し、アンケート調査で見えてきた「言えない」という課題をもとに行動計画を立てて実行する、という取り組みが積み重ねられてきました。漆間啓社長自身も現場に足を運び、社員の声を直接聞く場を重ねているといいます。

記事に添えられたグラフでは、漆間社長が就任した2021年度以降、売上高・営業利益率がおおむね右肩上がりで推移していることも示されています。業績の改善を組織風土の変化だけに結びつけるのは早計ですが、縦割りを崩す取り組みを何年も止めずに続けてきたことと、業績の回復が同じ時期に重なっていること自体は、示唆に富む事実だと感じます。

この報道を見て、多くの経営者・人事担当者の方が「うちの会社にも重なる話だ」と感じられたのではないでしょうか。実際、私たちがコンサルティングの現場でよく伺うのも、次のような声です。

  • 「制度やラインは整えたつもりだが、社員が本音を言うようになった実感が持てない」
  • 「風土改革を掲げても、現場には『また上から降りてきた施策』と受け止められてしまう」

なぜ、仕組みを整えても「言えない風土」はすぐには変わらないのでしょうか。

仕組みの改革だけでは届きにくい領域がある

「助け合いロード」のような、部署の壁を越える仕組みづくりは、再発防止の土台として重要です。ただ、どれほど仕組みを整えても、それを動かすのは一人ひとりの社員です。

「これを報告したら評価に響くかもしれない」「周りに迷惑をかけるのではないか」——こうした心理的なハードルが現場に残っている限り、問題の抱え込みは仕組みだけでは防ぎきれない可能性があります。この点は、三菱電機に限らず多くの組織に共通する構造だと考えられます。

組織開発が壁にぶつかりやすい場面には、次のような傾向が見られます。

  • 当事者意識の持ちにくさ: 経営陣が掲げる方針が、現場には「自分ごと」として伝わりにくいことがある
  • 評価への意識: 上司や同僚に、業務上の課題や自分の限界を言い出しにくいことがある
  • 自己対話の時間の不足: 日々の業務に追われ、「自分はどう働きたいか」を考える機会が後回しになりやすい

個人の内面に働きかける仕組み——セルフ・キャリアドック

こうした「構造」と「個人」の間を埋める選択肢の一つが、厚生労働省が推進する「セルフ・キャリアドック」です。

セルフ・キャリアドックとは、年齢や昇進などの節目にキャリアコンサルティング面談や研修を組み合わせ、従業員の主体的なキャリア形成を体系的に支援する仕組みです※2。

上司や人事による社内面談との違いは、評価権を持たない第三者が話を聞く点にあります。

項目 社内面談(上司・人事) セルフ・キャリアドック(第三者面談)
主な目的 業務進捗・目標管理・人事評価 これまでの歩みの棚卸しと将来の見通し
心理的なハードル 評価を意識し、本音を出しにくいことがある 守秘義務のもと、違和感や本音を話しやすい
組織への還元 個人の評価・指導にとどまりやすい 匿名化・傾向化して組織課題として共有できる

評価ラインから切り離された立場だからこそ拾える声があります。「本当はこの仕事に挑戦したい」「今のやり方に違和感があるが、誰に言えばいいか分からない」といった言葉は、利害関係のない相手だからこそ出てくることが少なくありません。

※なお、この面談は転職を促すものではありません。社員が自社でのキャリアを主体的に捉え直す場であり、個別の面談内容は守秘義務により保護され、会社へは個人が特定されない「集計・傾向」としてのみ還元されます。

「助けを求める力」を育てる、という視点

セルフ・キャリアドックのもう一つの効果として考えられるのが、社員自身が「助けを求める」スキルを育てる場になり得ることです。

問題を一人で抱え込むのではなく、早い段階で周囲にアラートを出す。これは弱さではなく、専門職としての自己管理の一部だと捉え直す視点が、面談を重ねる中で育っていくことがあります。個別面談で見えてきた現場の傾向は、匿名化・集計化した形で経営や人事にフィードバックすることで、組織開発の施策をより現場に合ったものへ補正する材料にもなり得ます。

ただし、セルフ・キャリアドックの導入そのものが不祥事の再発防止を保証するわけではありません。あくまで、問題を早期に察知しやすくする仕組みの一つという位置づけです。

大きな改革と、個人への働きかけ——どちらか一方では足りない

三菱電機の事例そのものにセルフ・キャリアドックが用いられているかどうかは、報道からは確認できません。ここでお伝えしたいのは、個別の答え合わせではなく、「トップダウンの構造改革」と「一人ひとりへの働きかけ」は、どちらか一方で完結するものではなさそうだ、という視点です。

制度やラインを整えるだけでは、社員の内面までは変わりません。逆に、個人への働きかけだけを行っても、それを受け止める仕組みがなければ、声は集まっても組織は動きません。両方が噛み合ったときにはじめて、「言える・聞こえる風土」に近づいていく可能性があります。

御社の強みを、社員に伝わる形にする

「制度を作ったのに風土が変わらない」——もしそうしたお悩みをお持ちなら、一度立ち止まって確かめてみる価値があります。

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