「偏差値の勝ち方」で社会に出ると、なぜ戸惑うのか——正解のない時代の進路の選び方


※この記事は、大学・専門学校・就職など、卒業後の進路をこれから考える高校生に向けた記事です。

偏差値が測っているのは、「正解を当てる力」

模試もテストも、問題には必ず正解があります。偏差値は、その正解に、どれだけ早く・どれだけ多くたどり着けるかを測る指標です。だからこそ、正解の探し方や覚え方を工夫すればするほど、数字は上がっていきます。

高校までの勉強は、基本的にこのルールの上で行われています。偏差値の高い学校に入るということは、「正解のある問題を解く力」で、上位に入ったということです。これ自体は、誇っていい力です。

問題は、社会に出た瞬間に、このルールが通用しなくなることです。

社会に出ると、「正解のない問題」ばかりになる

新入社員になって最初にぶつかる壁は、たいてい仕事の難しさそのものではなく、**「正解が用意されていない」**という感覚です。

「このお客様には、どう提案すればいいですか」「この企画、進めていいですか」——真面目な人ほど、上司に正解を聞きに行きます。そして、教えてもらった通りに動きます。

ところが、それを繰り返していると、ある日こう言われます。

「指示待ち社員だね」

まじめに、正解だと思うことをやっていただけなのに、です。これは能力の問題ではありません。「正解を当てる力」を鍛えてきた人が、「正解のない場所」に放り込まれたときに起きる、当然のギャップです。

親世代には、「キャリアの正解」があった

皆さんの親世代が就職活動をしていた頃には、ある程度はっきりした公式がありました。

いい大学に入り、大きな会社に入れば、一生安泰。

この公式が信じられていたのは、単なる思い込みではなく、当時はある程度、実際にそうなりやすかったからだと言われています。「終身雇用」「年功序列」という言葉に象徴されるように、会社の成長が続く前提のもとで、一度大きな会社に入ってしまえば、あとは決められたレールの上を進めばよかった時代だった、というわけです。

つまり、あの時代は、キャリアにも「正解」があった時代だったのです。偏差値の高い大学を目指すことは、そのままキャリアの正解に近づくことを意味していました。

いまはVUCAの時代——正解を求めるほど、リスクが増える

大人の世界では、いまの社会を「VUCA(ブーカ)の時代」と呼ぶことがあります。小難しい単語ですが、中身はシンプルです。

  • 変化が速く、昨日の常識が今日は通用しない
  • 数年先のことすら、正確には読めない
  • 一つの原因だけでは説明できない問題ばかりになっている
  • 何が正しいのか、はっきりしないまま物事が進んでいく

この時代の厄介なところは、「唯一の正解」を探そうとすること自体が、リスクになることです。

今日の正解は、半年後には古くなっているかもしれません。誰かに正解を教えてもらうのを待っているあいだに、状況はどんどん変わっていきます。「有名大学→大企業→安泰」という一本道も、今は保証されたレールではなくなっています。

しかも、「正解に早くたどり着く」のは、AIの得意分野になった

追い打ちをかけるような話をもう一つします。

決まった正解に、大量の情報の中から素早くたどり着くこと——これは、AIの得意分野です。検索、要約、計算、定型的な文章の作成といった「正解のある作業」は、すでに人間よりAIの方が速く正確にこなします。

つまり、「正解を早く当てる力」で勝負しようとすると、これから競う相手は同級生ではなく、AIになります。これは受験勉強を否定する話ではありません。ただ、その先で評価される力の中心は、「正解のある問題を速く解く力」から、「まだ正解のない問題に、自分なりの一歩を踏み出す力」へと、すでに移っています。

だからこそ、いまから鍛えておきたいのは「小さな挑戦」

では、正解のない時代に必要な力とは何でしょうか。

それは、**「正解を当てる力」ではなく、「小さく試して、当たり外れから学ぶ力」**です。

やってみる。うまくいかない。なぜだめだったのかを考える。少しやり方を変えて、またやってみる。この繰り返しに慣れている人は、正解が用意されていない場面でも、自分で最初の一歩を踏み出せます。

これは、社会人になってから急に身につくものではありません。高校生のうちから、次のような「小さな正解のない挑戦」を経験しておくことには、意味があります。

  • 部活動やイベントで、前例のないやり方を自分たちで考えてみる
  • 生徒会や委員会活動で、意見が分かれる問題を自分たちで決めてみる
  • アルバイトや地域活動で、マニュアルにない対応を任されてみる
  • コンテストや発表会など、正解のない評価にさらされてみる

どれも、うまくいくとは限りません。うまくいかなかった経験こそが、教材になります。

誤解しないでほしいこと

念のため書いておきます。この記事は、「勉強しなくていい」「偏差値なんて気にするな」という話ではありません。

基礎的な学力や、正解のある問題を素早く正確に解く力は、これからも多くの場面で必要とされます。実際、偏差値の高い大学を出て、正解のない仕事にもうまく適応していく人はたくさんいます。

伝えたいのはこれだけです。「正解を当てる力」だけを鍛えて、それがそのまま社会での「正解」に直結すると思い込むのは危険だということ。もう一つ、「小さく試して学ぶ力」も並行して鍛えておく必要があります。

備後地域の環境は、練習の場になり得る

「小さな挑戦」の練習の場は、都会の大企業でなくても作れます。

備後地域のものづくりの現場は、そもそも「正解のない現場」そのものです。同じ設備、同じ材料を使っていても、その日の気温や湿度、部品のわずかな個体差で、昨日うまくいったやり方が今日は通用しないことが日常的に起こります。マニュアルの外側で判断し、手を動かしながら試行錯誤する——それが特別なことではなく、日々の仕事として当たり前に存在しています。

加えて、備後地域の中小企業では、若手のうちから「これ、任せるからやってみて」と裁量ごと渡されることが少なくありません。マニュアル通りにいかない場面に早く出会える分、正解のない問題に慣れる機会も早く訪れます。

もちろん、大きな組織で研修を積みながら力をつける道にも意味があります。どちらが優れているという話ではなく、「正解のない問題に、いつ・どこで慣れていくか」という観点を、進路選びに加えてみてほしい、ということです。

備後キャリア・ラボでは、高校生・大学生の方からの進路・キャリアに関するご相談も承っています。一人で決めきれないと感じたときは、個人の方へのページからお気軽にご相談ください。

次に読む

進路や就職を、偏差値やブランド以外の物差しで考える記事を他にも書いています。