地元で働くという選択肢——3つの資本で考える、これからの就活


※この記事は備後地域出身で地元を離れた大学生や就活生に向けた記事です。

就職活動が始まると、多くの人が自然に東京や大阪、あるいは他の大都市で企業を探し始めます。地元を離れて進学したなら、なおさらそうかもしれません。

福山市では2022年、転出者が転入者を2,404人上回りました。中でも15〜24歳の転出超過がもっとも大きく、進学や就職を機に地元を離れる人の多さがうかがえます※1。

はじめにお伝えしておくと、この記事は「地元に帰ってきなさい」という話ではありません。都会で働くことには、確かな魅力があります。

お願いしたいのは一つだけです。候補地のリストに地元がまだ入っていないなら、一度だけ入れて、同じ物差しで比べてみてほしい。その物差しを、この記事で紹介します。

「大企業に入れば安泰」の前提が変わってきた

保護者世代が就職活動をした頃と、これから皆さんが働く数十年とでは、前提条件が違います。

  • VUCA — 変化が速く先が読みにくい時代。10年後に何が主流かを言い当てるのは難しい
  • 金利のある世の中 — 日本銀行は2025年12月に政策金利を0.5%から0.75%へ、2026年6月には1.0%程度まで引き上げた。31年ぶりの水準で、借入のコストも現金を持つことの意味も変わりつつある※2
  • AIによる労働市場の変化 — 定型的な情報処理はAIに置き換わりつつある。何が人の仕事として残るかが問われている
  • 円安と輸入物価 — 2026年7月時点、ドル円は163円台後半と39年ぶりの円安水準にある※3。食料やエネルギーなど輸入に頼るものの価格は上がりやすい局面が続く

この4つが同時に効いてくると、「知名度の高い会社に入れば一生安泰」という一本道は細くなります。代わりに問われるのは、変化が起きたときに自分に何が残っているかです。

就活の物差しを、3つに増やす

そこで提案したいのが、就職先を給与額と知名度だけでなく、次の3つで見ることです。

金融資本は、生活費を払った後に手元に残り、将来の選択肢に変えられるお金。人的資本は、その場所で身につくスキルや経験。社会資本は、困ったときに相談できる人や、自分が果たせる役割です。

この3つは、どれも働く場所によって育ちやすさが変わります。だからこそ、勤務地は「憧れ」ではなく「条件」で比べる価値があります。

金融資本:見るべきは額面ではなく「残る額」

初任給の額面が同じでも、家賃の差は大きく効いてきます。福山市のワンルーム・1K家賃相場は6.5万円前後であるのに対し、東京23区の1K平均は11.5万円※4。同じ間取りでも、月5万円近い差になります。奨学金の返済を抱えているなら、その差はさらに重くのしかかります。

若いうちに手元に余力があることの意味は、貯金額そのものではありません。学び直し、資格取得、副業、転職準備といった「次の挑戦」の原資になることです。

実家の持ち家は、使える「家族資本」かもしれない

もし実家が地元で持ち家なら、それは家族が長い時間をかけて築いた資産です。就職して数年、その一部を借りる形で暮らすという選択は、検討する価値があります。

大切なのは、これを「甘え」ではなく家族資本の有効活用として設計することです。たとえば相場より低い額でも家賃として親に入れる形にすれば、親の家計にも入り、自分も納得感を持って住み続けられます。曖昧なまま居続けるより、お互いに気持ちよく続けられる形になります。

ここで浮いた固定費を、そのまま自己資金として積み上げていく。これが備後で就職する場合の、いちばん現実的な資本形成の入口です。

ただし、これは誰にでも使える選択肢ではありません。実家が賃貸の人、家庭の事情で戻れない人、そもそも実家と距離を置きたい人もいます。使える人にとっての強い選択肢という位置づけで読んでください。

自由を求めて出た先で、ローンに縛られることもある

そして、あまり語られない論点があります。

地元を離れ、別の場所に家を建てる場合、二つのことが同時に起こります。

一つは、実家の持ち家が受け継がれずに残ることです。誰も住まない家にも、固定資産税、修繕、管理の負担は残り続けます。放置すれば傷み、いずれ手放すときにも費用がかかります。全国の空き家率はすでに13.8%、900万戸に達し、過去最多を更新し続けています※5。家族が数十年かけて築いた資産が、少しずつ負担に近いものへ変わっていきます。

もう一つは、別の場所で新たに数十年のローンを組むことです。毎月の返済は、簡単には下げられない固定費になります。

返済が固定費になると、次のような選択が取りにくくなります。

  • 収入が一時的に下がる転職
  • 独立や起業への挑戦
  • 学び直しのための休職や時間の確保
  • 家族の事情に合わせた引っ越し

加えて、超低金利のもとでは「早く、長く借りる」ことが有利になりやすかったのですが、金利が動く局面ではその前提も変わります。同じ借入額でも、総返済額は増えます。

冒頭でVUCAの話をしました。変化が速く先の読みにくい時代に、数十年の固定的な約束を若いうちに結ぶことの重さは、以前とは違ってきています。

自由な生き方を求めて地元を出たのに、住宅ローンによって働く場所も会社も選べなくなる。 これはこれからの社会で、現実に起こりうることです。

もちろん、家を持つことが悪いわけではありません。問題は、どこに、いつ、どれくらいの借入で持つのかを考えないまま、流れで決めてしまうことです。すでにある実家という資産を活かして自己資金を厚くしておけば、この判断を先に延ばせます。急がなくてよいという状態そのものが、自由です。

金利が動く社会での家の買い方と、貯めた自己資金をどこに置くかについては、この記事の続編で詳しく扱います。

人的資本:AI時代に、現場で身につく力

備後には、製造業、機械、造船、繊維、鉄鋼、半導体関連といったモノづくりの集積があります。

AIや自動化が進むほど、かえって価値が残りやすいのは次のような力です。

  • 現場でしか分からない暗黙知
  • どこに問題があるかを見つける力
  • 実際に手を動かして改善する力
  • 立場の違う人と調整する力

大きな組織で細分化された役割を担うより、地方の企業で若いうちから仕事の一通りを任される経験のほうが、こうした力は早く育つことがあります。

社会資本:相談できる人が近くにいるか

都会は人が多い一方で、深い信頼関係を築くには時間がかかります。実家を離れ、頼れる大人が近くにいない状態で働き始めるリスクは、就活中にはあまり意識されません。

顔の見える地域には、家族、学校、企業、地域団体のつながりがあります。困ったときに相談できる人がいること、紹介から機会が生まれること、地域の中で役割を持てること。これらは古いしがらみではなく、不確実な時代の現実的な安全網です。

地元にも、弱点はあります

公平に書きます。備後を選ぶことには不利な面もあります。

  • 職種の選択肢が都市部より少ない
  • 業界によっては、そもそも企業がない
  • 人間関係の近さが、しがらみになることもある
  • 家庭の事情で、家族の基盤を使えない人もいる

ですから「地元がベスト」とは言えません。この記事の主張は、比べる前に候補から外すのはもったいないということだけです。

「新卒で戻る」以外の道もある

Uターンは、新卒で地元に帰ることだけを指すわけではありません。

都会で数年働いて力をつけてから戻る、リモートで地元に関わる、いずれ戻る前提で今は外で経験を積む。どれも現実的な選択です。大切なのは、20年後の自分にどんな選択肢を残したいかから逆算することです。

「向いているか」「やりたいか」だけでは見えない条件

就職活動では、「自分は何に向いているか」「本当にやりたいことは何か」に意識が向きがちです。どちらも大切な問いです。ですが、それだけで就職先を決めると、暮らしの土台に関わる条件が視界から抜け落ちます。

  • 生活費を払った後、学びや挑戦に回せる余力はどれくらい残るか
  • その環境で、5年後にどんな力が身についているか
  • 困ったとき、近くに相談できる人はいるか
  • 20年後の自分に、どんな選択肢を残したいか

答えが「都会」でも構いません。世間の空気や憧れだけで決めたのではなく、自分の物差しで選んだのなら、それは強い選択です。

備後キャリアラボは、この問いを一緒に考える相手でありたいと思っています。進路の整理から応募書類、面接対策まで、個人の方へのページで紹介しています。

出典

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